2020年10月27日火曜日

中村文則著「R帝国」


 以前より中村文則という作家に興味があった。近作「逃亡者」が評判になるに及び以前の作であるこの本を読む気になった。しかし、残念ながらまるで漫画(劇画)の(原作の)ようなシーンのつなぎ合わせで、文章に深みがなくストーリーもありきたりで、第一部を読んだ時点で読むのを止めた。第二部まで読めば違った感想になるかも知れないが、現時点ではそういった評価になった。評判の「逃亡者」に期待したい。

雑誌の書評評者:江南亜美子(週刊文春 2017.10.05号掲載)

 絶対権力の「党」が支配する国で、人々はどのようにふるまうのか

トランプ政権の誕生あたりからアメリカでは、オーウェルの『一九八四年』が再評価され、その機運は日本にも飛び火した。不可視の絶対君主〈ビッグ・ブラザー〉による徹底された情報統制と史実の改竄は、今日の日本の言論空間をどこかほうふつさせる。フィクションの力でもって、読む者に危機感をもたらすのがディストピア小説だとすれば、『R帝国』もその流れを汲む近未来SFだ。

 物語は島国の「R帝国」が開戦した日から始まる。絶対権力の「党」が支配するこの国では、国民は批判的な意見を表明するなり張り巡らされた集音装置により検挙され、しばしば謀反者は公開処刑される。人々は、高度な人工知能を搭載した「HP(エイチピー)」と呼ばれる端末から情報を得ており、その管理もまた「党」の得意とするところだ。

 戦争には自衛という大義名分が必要だが、この戦争は何かがおかしい――。二人の男が、政府の欺瞞と真の目的に気づく。一人は会社員の矢崎。もう一人は形骸化した野党の幹部議員の秘書である栗原だ。それぞれ、女性兵士アルファ、秘密組織のサキと出会うことで、巨大な相手に無謀な戦いを挑むはめになる。

 恐ろしいのは、二人の必死の奮闘をあざ笑うような「党」の余裕である。人々の行動原理や深層心理を知悉する彼らは、例えば人口の八割に及ぶ貧困層の不満が上でなく、最下層の移民に向くよう情報をコントロールする。団結ではなくあくまで分断へ。さらには薬物投与によってつらい過去の記憶を抹消した従順な市民としての第二の人生まで、提案してみせるのだ。矢崎は言う。「僕は自分のままで、……自分の信念のままで、大切な記憶を抱えながら生涯を終えます。それが僕の……プライドです」

 果たして、不都合な過去や真実を隠蔽する見せかけ上の安寧は、国民をどこに先導するのか。大義よりも「半径5メートルの幸福」に固執し、「真実」から目をそらし続ける大衆、その集団的な認知バイアスこそが、悪夢的な全体主義をさらに後押しするのだと、読者は気づかされるだろう。最も手ごわい敵は、結局人間の本能に組み込まれた、恐怖心と暴力性なのだ。

 本書はいわば、ヒーローなき戦争小説である。作中、『ルワンダ虐殺』や『沖縄戦』という架空の国の物語がネット上のバグとして現れるのだが、統治者の一人は「向こうの方が現実で、我々の方が現実じゃない可能性だってあるじゃないか」と言う。裏返せば、SFにみえる本書に現実が潜んでいるのかも。著者の警鐘にしばし耳を傾けられたし。

0 件のコメント:

コメントを投稿