2015年8月18日火曜日

金原ひとみ著「持たざる者」(2)

 私は、この小説で著者が訴えたかったことではないかと思われる部分に付箋をしていた。
 前の投稿で私が書いたことと食い違っているかも知れないが、以下に引用する。単行本の140ページ(「eri」の章)、エリカがロンドン生活でふと現在の心境を語る部分だ。

『(前略)そうして震災から一年が過ぎた頃、私はふと、唯一無二の存在だったと思っていた自分自身が、いつからか多数の人々に埋もれる一つの点になっている事に気がついた。元々、私は点だったはずだ。自分は唯一無二であるという私の幻想、思い込みが打ち砕かれただけだ。でも幻想という無味無臭無形の物を打ち砕かれたくらい何だ、とは思えなかった。震災よりも原発事故よりも移住よりも言葉の通じない生活よりも、私にとって最も辛かったのは自分自身やセイラ、そして自分自身を取り巻く環境を唯一無二と思えなくなった事だった。自分を唯一無二と思うその幻想は、余裕の象徴なのかも知れない。例えば裸族や戦争中の国に中二病や引きこもりがいないように、自我の病はある一定の水準を満たした環境に於いてのみ発症する。私は自我の病を、自分が唯一無二の存在であるという思い込みを、この異国の地で喪失した。それがとてつもなく辛かった。私が直面したのは、既に震災でも原発事故でも放射能でもなく、それによって浮き彫りになった己の本来性の問題だった、。私は、埋もれる点として生きていく事の難しさに直面していた。これまで生きてきた世界とは、何もかもが違っていた。生の価値も、死の価値も、愛の価値も、祈りの価値も、全てがこれまでとは違っていた。その事に気づいたのは、こんな世界で生きていけないと悲観するほど早くはなく、大丈夫これまでもうまくやってきたんだから、と楽観するほど遅くもなかった。』


 ここでは、自我の喪失に直面し、どう生きていくかに迷うエリカの姿が描かれている。

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