2015年8月17日月曜日

金原ひとみ著「持たざる者」

 この作品は、四人の物語からなる。
 第一章Shuは、グラフィックデザイナー修人の物語。3.11震災後、妻子への放射能汚染を恐れ、遠隔地に避難させようとして、妻との中がうまくいかなくなり離婚。仕事もできなくなる。
 第二章Chi-zuは、夫の赴任先のシンガポールから一時帰国している修人の友人の千鶴の物語。子供の頃から、自分の生きたいように生きている妹のエリカに嫉妬してきた。数年前にパリで幼い息子を突然死でなくし、全ての欲望から解放され、見放されている。修人を誘い、行きずりのセックスをする。
 第三章eriは、千鶴の妹で娘とともに被爆を畏れてロンドンに移住しているエリカの物語。自由に暮して来たつもりが、常に孤立していた事を自覚する。ベルギー人の若者と出会い、アメリカへの更なる移住を決意する。
 第四章朱里(あかり)は、エリカと顔見知りで、夫の異動で日本に帰国する朱里の物語。ロンドンが性に合わず、喜んで夫より先に帰国するが、自宅が義兄夫婦に乗っ取られていて大きなストレスを感じる。

 これは、著者が3.11震災で受けた衝撃と経験した移住生活を基に書かれたのは間違いないが、震災や原発問題について書いた作品ではない自然災害や人間関係(生活環境)に依って大きな影響を受け、自分ではどうにもできない現実に曝される人たちの物語である。彼らは、生きる力を失いそうになったりするが、それでも何らかの力を得て生き続けようとする。これは、人間というものが必ず出会う、自然や他者とのコミュニケーションを問う物語である。だからこそ、そこに普遍的な物語がある。どんな人間だって、悩み、傷つきながらも、希望を持って生きる事を望んでいる筈だ。そんな希望が絶たれる事のない世界を私は望む。


 金原ひとみの作品としては、肩が凝らずにスムーズに読む事ができる作品であり、お勧めである。著者は、「修人とエリナは、震災の影響を受けて特殊な環境に身を置くことになった人たちですが、朱里はちがう。彼女のような、下世話で通俗性を持った人間も書いておくことで、この作品はバランスがとれた気がしています。」、と言っているが、私は「朱里」の章には違和感を感じた。漢字(「朱里」)で章題がつけられているように、他の3つの章とは趣きが違い過ぎるのではないか?

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