2016年5月4日水曜日

ジュンパ・ラヒリ 著「べつの言葉で」

 ジュンパ・ラヒリは、短篇小説でも長篇小説でも読者の心を惹きつける類い稀なる現代の作家(女性)である。
 私は映画「その名にちなんで」を見て、その原作者として知った。その後、映画の原作、短篇集「停電の夜に」、長篇小説「低地」を読み、その魅力に惹きつけられた。
 イギリスで生まれ、3歳の時からアメリカに住んでいたラヒリは、英語で書いてきたアメリカの作家だ。その彼女が2012年にローマに移り住み、イタリア語で書き始めた。そのことを新潮社の定期刊行物「波」で知ったとき、奇異に感じた。慣れ親しんだ言葉を捨てて、別の言葉に走るなんて事にどんな意味があるのだろうかと。
 この彼女の初めてのエッセイ集「べつの言葉で」は、イタリア語を習得する過程と苦悩を、雑誌に連載した、いわば(毎週一章ずつ書いた)記録である。又、「取り違え」と「薄暗がり」の掌篇二作も併せて収録されている。
 記録だからなのか、彼女のイタリア語で書いた文章がそうであったからなのか、翻訳の問題なのか、この作品には、いつもの小説のような躍動感は感じられない。とても残念である。それでも、あるいは、それだからこそ、彼女の苦闘や苦悩に胸を打たれる。
 なぜ彼女がイタリア語で書こうとしたのか、それは父母が話す”母”とも言える「ベンガル語」にも、生まれ育ってからずっと使い続けてきた”継母”とも言える「英語」にも違和感を持ってきたからだ。この作品には、そのことを基点に、「書くこと」や「言語(言葉)」、「文化」、「祖国」、「原点」、「空白」などが語られている。
 まず、扉には「…わたしには違う言語が必要だった。情愛と省察の場である言語が」という、アントニオ・タブッキの言葉が置かれている。
 ”壊れやすい仮小屋”という章では、「また、なぜわたしは書くのか?」という自問に対して、「存在の謎を探るため。(中略)わたしを反応させるあらゆることを理解したければ、それを言葉にする必要がある。ものを書くことはわたしにとって、人生を消化し、秩序立てるただ一つの方法なのだ。(中略)わたしは書くことを通してすべてを読み取ろうとするから、わたしにとってイタリア語で書くことは、言語を習得するためのもっとも深く刺激的な方法だ、というだけの事だろう。(中略)わたしには祖国も特定の文化もない。もし書かなかったら、言葉を使う仕事をしなかったら、地上に存在していると感じられないだろう。」と答える。
 ”二度目の亡命”という章では、「 ある特定の場所に属していない者は、 実はどこにも帰ることができない。 亡命と帰還という概念は、当然その原点となる祖国を必要とする。祖国も真の母国語も持たないわたしは、世界を、そして机の上をさまよっている。」と書く。
 また、”三角形”という章では、「イタリア語を勉強するのは、わたしの人生における英語とベンガル語における長い対立から逃れることだと思う。母も継母も拒否すること。自立した道だ。」、と言い切る。
 ”変身”という章では、ローマの友人からのメールの言葉に勇気づけられたとして、「新しい言語は新しい人生のようなのもので、文法とシンタックスがあなたを作り変えてくれます。別の論理、別の感覚の中にすっと入り込んで下さい」を引いている。
 そして、「芸術の力と言うのは、わたしたちを目覚めさせ、徹底的に衝撃を与え、変化させる力だと思う。」、と力強く述べる。

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