2014年8月21日木曜日

多和田葉子「献灯使」(群像2014年8月号掲載)


 文芸雑誌「群像」の8月号(2014年)に掲載された。雑誌のHPには以下の様なコメントがある。
鎖国を続けるいつかの「日本」。ここでは老人は百歳を過ぎても健康で、子供たちは学校まで歩く体力もない。新しい世代に託された希望とは果たして? 多和田葉子「献灯使」、〈大きな過ちの未来〉を物語る問題作です。

 ここに書かれているように主人公である義郎(よしろう)は108歳、いつまで生き続けなければならないのか分からない。そして曾孫の無名(むめい)を育てている。無名が本当の主人公とも言える。彼の世代は非常にひ弱で歩くことも出来ず、食事も制限されている。義郎の妻、鞠華(まりか)はどこか別の場所の施設で子供たちの世話をしているらしい。孫の飛藻(とも)は日本のどこかを放浪しているらしい。娘の天南(あまな)は沖縄に住んでいる。沖縄は物が豊富らしい。
 各国はそれぞれ大変な問題を抱えており、それが世界中に広がらないように自分の内部で解決しようということが決まり、鎖国をしている。だから外国から物が輸入できなくなった日本は物資が不足している。そのなかで物が豊富な沖縄などはバーター取引ができる東北などとの交易はするが、関東とは余り取引しない。それ故、東京の中心部から人は周辺部に逃げてしまっている。外来語は禁止されているわけではないが、できる限り日本語が使われている。とても変な世界だ。
 曾孫の無名は突然に何かが起こり15歳になる。先生の夜那谷(よなたに)は、その無名を外国に送ろうとする。鎖国ではあるが、海外に行くことは禁止されてはいないらしい。彼らを「献灯使」というのだろうか?隣に住んでいた、好意を持った同世代の睡蓮(すいれん)は急にいなくなってしまったのだが、海の近くで再開する。彼女も「献灯使」だという事が分かる。彼女にも海外に一緒に行くことを誘われる。そこで物語は終わる。

 多和田の小説は、つい最近までは、個人的な体験を踏まえた、少しシュールな物語であった。だから、狙いや内容が多少分からなくても面白かった。しかし、ここ数作はどうも個人的体験というよりは世相を踏まえた作品になっている。説明調だから内容が理解できるできないに関わらず、面白い作品には仕上がっていない。高齢者の健康・医療、子供たちへの過保護、世界の政治・経済問題などに、彼女なりの主張があるのだろうが、本作品は駄作と思える。

2014年8月15日金曜日

河野裕子が登った大文字山

 朝日新聞の12日(2014年8月)の夕刊に「京ものがたり 河野裕子が登った大文字山」という記事が載っていた。
 ”五山の送り火”は、16日午後8時の大文字からスタートするとある。この記事は「大文字」の紹介なのだろうが、私は「河野裕子」を悼むためのものとしてスクラップした。彼女が亡くなったのは2010年8月12日。乳がんが再発、64歳の若さだった。それから、はや4年が経ったことになる。
 この記事には有名な最後の一首、「手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が」を含めて四首が載っている。
 たったこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる
 君を打ち子を打ち灼けるごとき掌よざんざらばらんと髪とき眠る
 遺すのは子らと歌のみ蜩のこゑひとすぢに夕日に鳴けり

 夫である永田和宏の歌も載っている。
  かなしいが親子ではなく夫婦だとひとり飯食ふときに思う

 誰からも愛されたという。そして家族を愛し、歌を詠んだ河野裕子はもういない。

2014年8月14日木曜日

水村美苗の「續明暗」

 今年になって朝日新聞では漱石の「こころ」を100年ぶりに連載している。私も朝日新聞が無料配付している「こころノート」をもらい、スクラップしている。はや80回目という事で「こころノート」は3冊目になった。余談だが、孫が読めるようになったら、渡そうと思う。(閑話休題)
 そんなこともあるせいか、巷ではちょっとした「小さな漱石ブーム」になっていて、漱石に関する本の出版が今年は多いように見受けられる。

 ところで、漱石の「明暗」が彼の死によって未完に終わったのは周知の事実である。その未完の小説の続きを書き、終わらせたのが水村美苗である。 それは1990年に出版され話題になったが、私は「際物(きわもの)」ではないかと思い、直ぐには読まなかった。その後、続けて出した「私小説 from left to right」、「本格小説」も評判が良く、また2009年に出した日本語についての本3冊(「日本語が亡びるとき 英語の世紀の中で」、「日本語で読むということ」、「日本語で書くということ」)もマスコミを賑わしたことから、初めて読む気になった(読んだのは2009年出版のちくま文庫版)。
 読むとこれが大変面白い。私は直ぐに水村美苗のファンになってしまった。その水村美苗のインタビューが、今週5回連載で朝日新聞の夕刊に載っている。
 初回(2014年8月11日掲載)には、書いたときの心境が載っている。
 「一番楽しみながら書けた小説」、「日本語で書く喜び」、「言葉を拾うために、漱石を毎日読む喜び」、「漱石は物語を離れた細部がとてもいいが、自分はまず物語を強く出さねばと」、「『明暗』は、ちょうど勢いづいたところで途切れている。続きが読めないのが腹立たしく、それが書き継ぐことを可能にした」等々。
 水村美苗は12歳から20年間アメリカに住んでいる(現在は日本在住)。その間にプリンストン大学でフランス文学を勉強すると共に、フランスにも留学。アメリカに戻ってからプリンストン大学の講師として近代日本文学を教えていた、という異色の経歴の持ち主であるが、若いときに日本の近代文学を読み、親しんだ。そして、その綺麗な日本語が、日常(アメリカでは)、話せないのを腹立たしく思っていた人間だから、「續明暗」が書けたのだと思う。是非、一読される事をお勧めする作品である。

2014年8月7日木曜日

河合俊雄「女のいない男たちのインターフェイスしない関係」(新潮2014年7月号掲載)


 6作中4作しか読んでいないのに(「シェラザード」と「女のいない男たち」は未読なのに)、評論を読むのは適切ではないかも知れないが、ガイダンスと思って読んで見た。
 作者は京都大学の教授で、臨床心理学者であり、その(ユング派の分析家の)観点から作品を解いていく。
 具体的には、「愛の対象が謎で、間接化されていて遠いという。一つの共通テーマから読み解く」、という。今回の作品の特徴は、「ノルウェイの森」のように第三者の立場から二者関係に入ってくるのではなく、主人公や話者があくまでも外にとどまり続けることである、という。第三者の存在によってこそ欲望が生まれるという分析(仮説)は通用しない。
 他者や自分の人生に対して関わらないようなデタッチメントというあり方に対して、これまでのハルキの作品はインターフェイスコミットメントを用意していたが、この作品ではそのいずれも起こらずデタッチメントのままでとどまるように思える、と述べる。しかし、テーマは後半の短編に向けて展開しているように思われる、とも述べる。最後から二つ目の「木野」では、「お店を閉めて、遠くまで行って、できるだけ頻繁に移動し、差出人の名前もメッセージもない絵葉書でけを送るように常連客から言われていた木野が、禁を破ることによって、誰かが夜中にホテルのドアをしつこくノックする」。いよいよ何かのインターフェイスが生じてきているようである、という。そして最後の「女のいない男たち」では、愛の謎が一気に解かれる。しかし、それはそれは同時に失われる。そして、この作品集は「祈り」で終わっていくのである、と結ぶ。
 この評論(?)はたった4ページしかないのだが、中身がぎゅっと詰まった缶詰のようであり、また心理学をベースにしているので私には分かりづらいところが多かった。