2015年5月16日土曜日

多和田葉子訳 カフカ作「変身(かわりみ)」

 多和田葉子翻訳のカフカ作「変身(かわりみ)」(文芸雑誌「すばる」5月号掲載)を読んだ。
 多和田葉子はドイツ在住で、ドイツ語と日本語で小説を書いている。もちろん、ドイツ語は堪能であり、彼女の小説が好きな私はどんな風に料理されているのか興味があった。と、言っても昔読んだ「変身(へんしん)」の内容は覚えていない。
 余談だが、確か新潮文庫か何かで緑色の表紙だったような気がする。今も所有している筈だが、本棚の下の方の段の奥の方に置いてあって見つける気もしない。
 この作品は有名で多くの人が読んでいるだろうから、私があらためて解説する必要もないだろうし、それだけの力も私にはない。

 外回りの営業マンであるグレゴールは、ある朝眼を覚ますと虫獣(多和田の訳に依れば、”生け贄にできないほど汚れた動物或いは虫”)に姿が変わっている。そこから、妹、父母、会社の支配人、3人の間借り人、女中と繰り広げる日々の騒動をこの作品は描いている。最後にその虫獣が亡くなる事で父母、妹に平和が訪れるのであるが、一体にしてこの変身譚は何を意味し、何を目的に書かれたのであろうか?
 多和田は、グレゴールは「共同体のために自分を生け贄にし、過労死に向かっていたが、汚れた姿に変身することで自由になった。その代わり、家族や社会から見捨てられ、生き延びることができなくなったわけだ。」、と解説する。「共同体」とは会社や家庭のことを指すのだろう。

 また、「訳しながら、「引きこもり」とか「介護」についても考えざるを得なかった。」、とも書いている。そして、「機能すべき社会にとって異物、邪魔者になってしまった側の視点に読んでいる側がゆっくりと移行していけるような。そんな文体に翻訳してみたいという願いが生まれてきたが実現はできなかった。」、と結んでいる。
 多和田の訳は、特別な変身譚という事を感じさせないほど淡々としていて、スムーズに読む事ができた。これは、ひとえに彼女がドイツに住み、ドイツの文化・歴史を良く知っていて、ドイツ語の表現を良く理解している事から来る文章に依るものと感じた。

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